太宰治 うつ病 自殺

39歳の若さで愛人と共に玉川に入水自殺した太宰治

太宰治さんは、薬物中毒や自殺未遂を克服して、戦前から戦後にかけて多くの作品を発表した、日本の小説家です。
太宰治さんは、「斜陽」、「人間失格」など、数々の名作を残した昭和初期のカリスマ作家でしたが、39歳の若さで愛人と共に玉川に入水して亡くなりました。

そんな太宰治さんは、境界型人格障害であったといわれています。

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太宰治さんの経歴

太宰治さんは、後に金木町となる、現在の五所川原市である青森県北津軽郡金木村において、青森県内でも有数の大地主である父親の津島源右衛門さんと、母親のたねさんの六男として、11人の子どものうちの10番目として生まれました。
父親の源右衛門さんは木造村の豪農である、松木家からの婿養子であり、衆議院議員、県会議員、多額納税による貴族院議員等をつとめていた地元の名士でした。

1916年(大正5年)、太宰治さんは金木第一尋常小学校に入学し、成績は良く、開校以来の秀才と言われていたそうです。

1923年(大正12年)、4月、旧制青森中学校に入学し、実家を離れて下宿生活を送っており、成績は優秀であり、1年の2学期から卒業まで期間の級長を務めていたそうで、4年修了時の成績は148名中4番目だったとのことです。
この頃は志賀直哉さん、室生犀星芥さん、芥川龍之介さん、菊池寛さんなどの作品を愛読しており、井伏鱒二さんの「幽閉(山椒魚)」には読んで座っていられないほど興奮したそうです。

1929年(昭和4年)には、弘高で起きた同盟休校事件をモデルにした「学生群」を執筆し、改造社の懸賞小説に応募しましたが落選してしまいます。

そして、12月10日未明にカルモチン自殺を図り、母たねさんに付き添ってもらって、大鰐温泉において1月7日まで静養しました。

1930年(昭和5年)、弘前高等学校文科甲類を76名中46番の成績で卒業し、フランス語を知らないままでしたが、フランス文学に憧れて東京帝国大学文学部仏文学科に入学し、上京します。

芸者との結婚に強く反対していた津島家と分家除籍された、10日後の11月28日に、銀座のバー「ホリウッド」の女給で18歳の田部シメ子さんと鎌倉・腰越の海にてカルモチンで自殺を図りますが、シメ子さんだけが死亡してしまい、太宰治さんは生き残りました。

同人誌「海豹」に参加して、その創刊号に「魚服記」を掲載します。

太宰治さんは、1933年(昭和8年)、2月19日発行の「サンデー東奥」に「列車」を太宰治の筆名で発表し、その後、同人誌「海豹」に参加して、その創刊号に「魚服記」を掲載します。

1935年(昭和10年)には、「逆行」を「文藝」2月号に発表して、この「逆行」が第1回芥川賞候補となりましたが、賞からは落選してしまいます。この頃、パビナール中毒の症状がひどくなってしまい、10月13日に東京武蔵野病院に強制入院させられます。

11月12日に退院しますが、翌1937年(昭和12年)、津島家の親類の画学生小館善四郎が初代との不貞行為を告白したのを受け、3月下旬、水上温泉で初代さんとカルモチン自殺未遂し、6月に初代さんと離別します。

1938年(昭和13年)、井伏鱒二さんの紹介で山梨県甲府市出身の地質学者・石原初太郎さんの四女の石原美知子さんと見合いし、翌年1月8日、井伏さんの自宅で結婚式を挙げます。
この頃は、精神的にも安定し「女生徒」、「駆け込み訴へ」、「富嶽百景」、「走れメロス」などの優れた短編を次々と発表していました。

1941年(昭和16年)、文士徴用令に呼ばれましたが、身体検査において肺湿潤が発見されたため、徴用を免除され、戦時下も「お伽草紙」、「津軽」や長編小説である「右大臣実朝」、「新ハムレット」などを執筆し、旺盛な創作活動を継続しました。戦後、没落華族を描いた長編小説である「斜陽」を「新潮」に連載し、12月15日、単行本として出版されるとベストセラーになりました。

その後、斜陽族が流行語となるなどし、太宰治さんは流行作家となります。

1948年(昭和23年)6月13日に玉川上水において、太宰治さんは愛人山崎富栄さんと入水し、2人の遺体は6日後の太宰治さんの誕生日である6月19日に発見され、この日は太宰治さんが死の直前に書いた短編「桜桃」にちなんで、「桜桃忌」と名付けられました。

太宰治さんは、このように自殺未遂を繰り返しており、これは、前述の境界型人格障害の特徴であると考えられます。

太宰治さんは、26歳の時には入社試験に落ちたことを苦に首をつろうとしており、これは、境界型人格障害に特有の自分が見捨てられたと感じると激しく落ち込むという反応が発生したと思われます。
また、太宰治さんは、酒を1升くらいすぐに飲んでしまうような酒好きで、前述の通り、パビナールという鎮痛薬の中毒になり、精神病院に入院したこともあることから、酒やドラッグに溺れやすいという境界型人格障害の特徴が当てはまります。

また、人に頼るのかなと思っていると、急にまったく逆に人を非難・攻撃したりするというのが境界型人格障害の対人関係のパターンとなっており、津軽の富豪の生まれでありながら、そのことに反発して家族を困らせながらも実はとても頼っていた太宰治さんはこのパターンにも当てはまると思います。

このように境界型人格障害では、感情面であまりにも不安定になってしまうことから、自分の能力を十分に発揮できないケースが多くなっています。

そのため、太宰治さんのように素晴らしい文学の才能を開花できたことは、稀なケースだと思われます。

太宰治さんの作品を読むときには、このような障害を抱えて、不安定な状態の中で書かれたものだということを考えながら、読みたいと思いました。

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