ジム・キャリー うつ病

うつ病、ADHD、失読症という、3種類の症状で大いに悩まされていたらジム・キャリー

ジム・キャリーさんは、本名をジェームス・ユージーン・キャリーさんといい、カナダ・オンタリオ州出身の俳優です。

アメリカを代表するコメディアン、俳優としてとっても有名なジム・キャリーさんは、映画だと「マスク」や「トゥルーマンショー」等で、見たことがあるという方も多いのではと思います。
そんなジム・キャリーさんですが、なんとうつ病、ADHD、失読症という、3種類の症状で大いに悩まされていたらしいとのことです。

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ジム・キャリーさんの経歴、芸歴は?

ジム・キャリーさんは4人兄弟の末っ子として、1962年1月17日にカナダのトロント市、ニューマーケットに生まれました。
彼は人を喜ばせることに小さい頃から興味を持っており、小さい頃から自分の母親を喜ばせることに一生懸命にトライしていました。

ジム・キャリーさんの母親は、うつ病を患っており、彼の母親は、ひどく落ち込んだうつ状態に陥ることがしばしばありました。
ジム・キャリーさんは、たくさんの薬を飲んで、ベッドに横たわっている母親を励まそうと、カマキリのマネをしたり奇妙なことをしたり、とにかく母親が喜びそうなことなら何でもやりました。

小さい子供にとって、母親の存在って何者にも勝るものですから、大切なお母さんを喜ばせようと、既にこの頃からジム・キャリーさんは、一生懸命に演じていたんだと思います。

ジム・キャリーさんは、中学3年生になった時、父親が会計士の仕事を失ったため、家族の生活は一変します。
一家は家を売却することを余儀なくされ、トロント州東部にあるスカーバロー地区へと引っ越しし、そこは、多くの人たちがタイタン・ホイール工場の管理人や警備員をして働いている地域でした。

ジム・キャリーさんも街の中にある学校へ通いながら、学校が終わると毎日工場で8時間働きました。

ジム・キャリーさんは、15歳の時、学校も工場で働くこともやめ、トロントにあるコメディクラブで活動を始めます。

何より家族を支えること、そして自分自身も自立する覚悟でのぞみ、このクラブでの最初のパフォーマンスは「Yuk Yuk’s Sadly」というものでした。
しかし、これは、思うような結果は得られませんでした。

それでも、彼は失望することなく自分の演技の腕を磨き、練り上げていき、ついにはクラブの中で主要な役割を担うようになりました。

さらなる、チャンスを求めて、ジム・キャリーさんは1979年に、アメリカのロサンゼルスへと引っ越します。コメディ・ストア劇場で活動していたところ、ロドニー・デンジャーフィールドの目に留まり、彼の公演で前座を務める契約を交わし、1983年にはカナダのTV映画「Introduce・・・Janet」またの名を「Rubber Face」に登場します。

次に、SFコメディ「僕の彼女は地球人」に出演し、そこで共演した、デイモン・ウェイアンズさんと後に親友になります。
デイモン・ウェイアンズさnは、自分の兄キーネン・アイヴォリー・ウェイアンズさんに「In Living Color」へのジム・キャリーさんの出演を勧めてくれ、そのおかげで、1990年から1994年にかけて同番組に出演することになります。

1994年、映画「マスク」で世界的スターの座へ

ジム・キャリーさんの主演映画の主な作品として、1994年、映画「マスク」が公開され、ジム・キャリーさんはこの作品で、一躍世界的スターの座へとのし上がりました。
1998年には、「ツルーマン・ショー」が公開され、ジム・キャリーさんはこの映画でゴールデン・グローブ賞、主演男優賞(ドラマ部門)を受賞します。

また、映画の全世界興行収入も2億6410万ドルとなり、大ヒットしました。
1999年、ジム・キャリーさんは、「マン・オン・ザ・ムーン」に出演し、この映画は実在のコメディアン、アンディ・カウフマンさんの伝記映画であり、このカウフマンの役をジム・キャリーさんが演じました。

彼は、この映画でゴールデングローブ賞、主演男優賞(コメディ部門)を受賞しています。
2000年の秋には「グリンチ」が公開され、ジム・キャリーさんはこの映画で、緑色の毛皮の重たい衣装を着け、特殊メイクを施して出演し、アカデミー賞では、特殊メイク賞を受賞しました。

ジム・キャリーさんは、前述の通り、実はうつ病と闘ってきたのだそうです。

既に出版されている自己啓発本において、自らのメンタル・ヘルスの問題を赤裸々に語っています。

その中では

「プロザックを飲んでうつ病とつきあおうとしていた。少しの間はそれで良かったんだけど、治るということはなかった。
あれでうつが治るとは僕には思えない。大きな効果があったのは食生活だよ。人々は食べ物がどれほど重要であるか、自分が口に入れるものがどれだけ自分の精神状態に関係しているかということをわかっていない。
人間にとって最高の燃料になるのは、野菜とプロテインだよ」

と語っています。

2度の離婚を乗り越えるために苦しんだというジム・キャリーさんは、

「誰もが人生の中に幾らかの暗い部分を持っている。僕だって、その痛みからは自由になれない。でも僕は、過去2年の間に精神的にも人間としても大きく成長したんだ」

と語っています。

ジム・キャリーさんは、こうも語っています。

「私の人生の目標は人生の痛みを忘れること、傷みを忘れ、傷みを笑い、傷みを減らすこと。そして笑うこと。」まさに、辛い幼少時代を過ごして、うつ病も経験したジム・キャリーさんだからこそ言える言葉だと思います。

これからも、その演技等で正解中の人々を笑顔にしていってほしいなと思います。

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