去年の春息子がうつ病で退職しました。【体験ブログ】
新人の息子が職場で疲れ切って帰ってくる毎日
そのしばらく前から、洗面所にやたら髪が抜け落ちているなぁとは思っていたのですが、疲れからくるサインだったのかもしれません。
息子は土曜日出勤の支払いが給料に反映されていないことと、毎週のように飲み会に付き合わされることについて、かなり思いきって上司に抗議したのですが、新人はそういうものだと一喝されうやむやになってしまいました。
夜遅く帰ってきて黙ったままご飯を食べる息子が、以前とは違う感じがしていても、やはり仕事で疲れるとこんな感じなるのかもと深刻には受け止めていませんでした。
症状はだんだんと悪化してきて、通勤の途中で吐くようになり最後には仕事に行けずに部屋でパジャマのまま膝を抱えてうずくまっている息子を見ました。
休職を職場の人たちは勧めたようですが、私は一刻も早く退職するようにと言いました。
私自身がうつ病で苦しんだ経験からです。
うつ病はかなりの確率で遺伝すると言います。
なのでダブルでショックを受けました。自分が治ったようでもまた歴史は繰り返すのかという辛さです。
私は学校に行けなくなり、乗り物に乗るとひどいパニック症状を起こすようになりました。
母は「嫁に行けなくなる」といって、病院通いを反対したので、自然にその状態が治癒されるまで10何年という月日が必要でした。
一番効果があったのは、まず日によく当たって運動することです。
ジョギングで汗を流すと気持ちが上向いてくるのがよくわかりました。
もちろん始めは、外に出るのも辛い時期があります。
それが少し薄らいだ頃からスタートしました。
夢中になると速さや他人と比べたりしがちですが、それはまた自分を追い込むことになるので、あくまで自分が気持ちいいと感じられる範囲で。
それからこうして文章を書くことです。
自分の気持ちを冷静に見つめ直すこと。
昔はいろいろ他の出来事のせいにする事が多かったような気がします。
鬱になったのは、母のせいだ。
父の暴力のせいだ。
あのいじめのせいだ。
そんな具合です。いろんな見方をしながら当時を思い出して見ると、記憶にかけている部分があって自分が勝手にねじ曲げて考えていることもあります。
そして今そこから脱出できないわけではないのに、ずっと囚われたままで生活していたりもします。
私は自分の経験を息子に語ることにしました。
病気だったのは悲しく辛い経験です。
でも今息子が救えると思うと、それはよかったのかもしれません。
鬱は外からは理解されがたい病気です。
怠けているようにしか見えないからです。
それが理解できるというのは、私が病気を経験した最大の恩恵だと言えると思います。